【けんすけのFacebookベイビー 最終回 〜最後まで読んでくれたひとだけに…】

【けんすけのFacebookベイビー 最終回 〜最後まで読んでくれたひとだけに…】
   

【けんすけのFacebookベイビー 最終回 〜最後まで読んでくれたひとだけに…】

こんにちは、希望の職人拾六 けんすけです(^^)
これまで3週間に渡りお伝えしてきたこの連載も、桜満開の中で最終回を迎えます。

4年前の今頃、実はぼくは絶望の淵にいました。

7年間、想いを込めて、全財産をかけて、自分なりに夢を描いて一生懸命やってきたお店を畳んだのです。

お店を出すまでに厳しい目にも合いました。

飛び込みでお願いした修行先では、親方から警察が3回来るほど殴られ続けました。
お客様の前で、うどんの棒で胸をドンッと突かれ、息ができずにうずくまって動けなくなったこともありました。
その後3カ月くらいは、クシャミや咳をすると、胸に激痛が走っていました。

雪平鍋の底でアゴを殴られ、硬い鍋底がボッコリ凹んで、その凹んだ鍋底の倍くらい、アゴが腫れ上がったこともありました。

ミスの罰として、冬場、お店のコンクリートの土間の上で3時間正座させられました。

親方がパチンコ屋からちゃんと正座しているかの確認のため、お店の電話に電話をかけてくるので、足の感覚がないままどうにか這って電話に出ると、
「そんなにはやく出れるわけがない、正座してなかったはずや」と、電話越しに怒鳴られ、戻ってくるやいなや蹴り倒されました。
「こちちらからお願いしたのだから」という大義名分があるので、なるべくのことは耐えてきましました。
こちらからお願いした以上、つらい顔はできないのです。
しかし頑張ろうとする気持ちと裏腹に、
心の真ん中が落ち込んでしまってたのでしょう、2回も連続で居眠り追突事故を起こしてしまいました。

あの頃は、
朝6時半にお店について、夕方6時までに片付け、夜は居酒屋さんでアルバイト、
アルバイトの帰りにも、親方から夜食のお使いの電話が入ることが多々あり、気づかないと殴られるので、気が休まる暇がありませんでした。

当時流行った二つ折りのケータイの存在が怖くて恨めしくて仕方ありませんでした。

修行で頂くお給料は6万円でした。

この奴隷のような修行生活では自分が壊れるし、技術レシピを教えてもらえる、いや見て盗ませてもらえる気配さえなかったので、(見て盗め、ではなく、見るな!見たら鉄拳制裁‼︎だったので)、
この親方からの暖簾分けはもう、してもらいたくなくなっていました。

事故をきっかけに、修行断念を親方に伝え、スジとして引き継ぎができるまで修行先で奉公して、福岡へ帰りました。

この修行期間は2年弱、
最後の日の親方からの餞別は、僕のアゴを殴った、底の凹んだ雪平鍋でした…。
帰ってからも、お店を出す情熱は冷めなかったので、
事業資金を貯めるため会社勤めをしながら、
毎週休みの日を全てうどん作りや味作りに費やし、3年かけてレシピを作り上げました。
自分でいうのもあれですが、ほんとに努力して全てを費やしてお店を出しました。

お店はある時期は大繁盛しましたが、リーマンショックの頃から確実に売り上げが急激に落ち、
あの手この手を尽くしましたが、結果は出ず、全く出口が見えない状態でした。

追加融資で受けたお金も底が見え、お金と同時に心の余裕もなくなり、夫婦関係は悪化しました。

大きな借金が恐怖の数字として常に頭に残り、自分の存在、選択が全て周りの人たちを不幸にしていると思えました。

そして、離婚。
それと同時に、あれほど痛い思いをし、情熱を持ってやってきたお店も畳みました。

…続く 。
…………………………
これは、平成23年の年末、ほんの4年前のお話です。

思わず長くなったので、この状態をどうやって脱したのか?
そして、この重たい話がなんで「Facebookベイビー」に関係あるのかは次回お話しますね!

最後までお付き合い頂いたあなたに知ってもらいたいので(^^)
それでは、日曜日、よいお花見を🌸

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